
ストックの中から少しずつピックアップしました。
網羅はしていませんが、
「大体こんな感じ」というイメージが伝われば幸いです。
双体道祖神
陰陽石
庚申塔
お地蔵様
観音様
タノカンサー
磨崖仏
磨崖仏といえば西の方のイメージが強かったので、東北にもこんな見事な磨崖仏があったことに驚きました。(撮影:2004年10月)
作者が以前居住していた地域。この辺りは閑静な住宅街というイメージが強い。新築の家が多く、緑や土の香りが感じられず、20年以上住んでいても「郷土」という実感が湧きにくかった町。・・・なんですが、けっこうあるんですね、こういうモノが。しかも、鮮花や水が供えられて。保存状態が悪かったので載せませんでしたが、お洒落なイメージの強い自由が丘にも、真新しいよだれかけを着けた庚申塔が散在していました。(撮影:1999年4〜5月)
三浦は、三浦大根と漁港で有名ですね。海あり山ありの変化に富んだ地形、一面に広がる大根畑、美しいミカン畑、おおらかな気質の人々。昔アルバイトで派遣されて以来すっかりファンになってしまい、繰り返し訪れている町です。道祖神が数多く残され、大事にされているのは、農業や漁業に携わる人が多いことと無関係ではない気がしましたが、地元の方に聞いてみたところ、区画整理が進んでいないせいかも、と言われました(^^;)。(撮影:1998年11月)
双体道祖神に少しでも興味を持ったら、一度は訪れてみたくなるのが長野県。実際に訪れてみて、その量と質に圧倒されると共に、観光資源という意味以上に、大事にされ愛されている印象を受けました。彩色をほどこしたカラフルな道祖神は、道祖神ファンの間では賛否両論のようですが、わたしは好きです。「かつて生きていた文化財」ではなく「今を生きている文化財」という感じがします。(撮影:2003年11月)
奈良といえば国宝級の仏像や建造物がひしめき合うイメージが強いけれど、奈良市街から少し離れたところに、こんなひっそりとした石仏の里もありました。ここまで来たら、ぜひ浄瑠璃寺にも立ち寄っていただきたいです。見事なお庭と荘厳な仏像たちが出迎えてくれます。(撮影:2005年11月)
鳥取旅行の目的はラクダと国宝「投げ入れ堂」だったので、道祖神はあまりまじめに探さなかったのですが、それでもいくつもの石仏類に会うことができました。ちょっとした山寺に地蔵類が充実していて、のどかな風景の中でのびのびとしていたのが印象に残っています。(撮影:1991年9月)
瀬戸内海では、しっくりと生活に溶け込んだお地蔵様やその他の石造物が、多く見られました。区画整理などの犠牲が少なく古い街並みが残っていること、土地に長く住んでいる人が多そうなこと、漁業が盛んなこと、などが理由でしょうか?広島の尾道では、多くの寺に六地蔵があります。
島などには古い風習や言葉が残りやすいと言われます。生名島と塩鮑諸島の本島では、初めて陽石を見ました。ああいうものの隣で生活しているなんて、なんだかとっても変な眺めだと思うのですが、地元の人にはこちらの方が「あんなものに興味を持つなんて変わった人だ」と映ったようです。(撮影:2002年4〜5月)
国東半島は知る人ぞ知る磨崖仏の楽園。数も質も、おそらく大分に勝る県はない。彩色がほどこされた色気たっぷりの臼杵の石仏群も、ダイナミックな熊野磨崖仏も素晴らしいです。庚申塔も手の込んだ立派なものが多く保存状態もいい。さすが大分なのです。(撮影:1991年3月、2004年5月)
タノカンサーは宮崎から鹿児島にかけての山間部に見られます。特にえびの市はタノカンサーめぐりを観光の目玉にしているようで、市役所で「タノカンサーマップが欲しい」と言ったら歓迎され、嬉しかったです。タノカンサーは親しみやすさといい田の中に置かれた風情といい、長野の道祖神との共通点が多いけれど、一層のびやかで奔放な印象を受けました。(撮影:2004年5月)